大震災遭遇とアフィリエイトの関係性(私の体験)

まこやんです。

こちらは備忘録になります。
自分自身が忘れないために、自分に言い聞かせる事として
書いています。

アフィリエイトの勉強には、ならないと思いますが
読んでいただければ、少しは参考になるかもしれませんね。

私は約20年間も不安定な派遣会社での派遣従業員として
製造業の仕事をしていた時期がありました。

一つの派遣の仕事が終われば
次の仕事に移る。

という繰り返しでした。

所属している派遣会社が、次の派遣先を確実に紹介して
くれる保証はありません。

その時は自分で就職活動をやらなければなりません。

どんな仕事でもやる。
というのであれば、直ぐにでも見つかりますが
専門性も必要としないので、収入は低い生活です。

私自身は、製造業での客先施工業務を専門として
やっておりましたので
同じ業種を探すとなると全国的に探さなければなりません。

東北地方での勤務が始まる。

2010年くらいに、生まれて初めて
東北地方に引っ越して生活が始まりました。

引越し費用は会社持ちで
住まいは、よくある「レオパレス21」
家賃の40%は会社負担で、残金は給与から天引き。

いずれ震災に遭遇するとは思いもしませんでした。

その後、仕事にも慣れて
当時のメイン担当地区であった、
韓国での業務が落ち着いた頃、私は台湾で業務中でした。

現地の客先にあるテレビで
その事実を知りました。

東日本大震災発生

約1週間後に帰国予定だったのが
帰ることが出来なくなった私と、一緒に仕事をしていた
仲間の数人。

成田空港に着いたとしても東北地方に移動する手段が
閉ざされていました。
そうです、新幹線が運休になったのです。

それから帰国が半月ほど伸びて、やっと
成田空港から東北への飛行機の臨時便が運行され
私たちは帰国となりました。

同僚の中には、出張中に新車が心配なので実家の
仙台市に車を持って帰ったのが災いして
家ごと新車が流されてしまった人も居ました。

数年後に知った事実(東北のアフィリエイター)

私(まこやん)は震災があった頃から、アフィリエイト
を始めていました。

仕事が無くなったら、アフィリエイトがあるさ!

などと思っていた時期もありました。
実際には、アフィリエイトをする余裕も無くて
教えてもらっていたアフィリエイト塾も休会していました。

それから約1年後に、とある東北のアフィリエイターと
出会いました。

実際には、インターネット上の塾で一緒になった程度ですが。

その東北のアフィリエイターは、震災の時には既に
アフィリエイト報酬が、会社員の給与を超えていた頃だったそうです。

その、東北のアフィリエイターは
親戚一同の引越し先の面倒も見れて、収入も途切れずに
生活が出来ていたのです。

実家も流され、親戚の家も無くなっているにもかかわらず
彼は前向きでした。

アフィリエイトという手法で、自力で報酬を得られる力
を身につけた自信と成果があったからの事でしょうね。

私は、当時の
東北のアフィリエイターの事は忘れません。

最後まで、読んでいただき有難うございました。


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